歴史は語る、時代は語る・エンジョイ!小説

関ヶ原の戦いで10倍の敵にケンカ売った石田三成は何者なの?

 

関ヶ原といえば、徳川率いる東軍と、毛利率いる西軍の
日本を二つに分けた歴史的な戦いですよね。

 

歴史小説では、司馬遼太郎先生の「関ヶ原」が有名ですね。
ボクも大好きです。

 

目次

関ヶ原の戦い
石田三成像
秀吉のお目が叶った「三献茶」
関ヶ原の戦いまでの思惑
最後に

 

関ヶ原の戦い

さて、
西軍の仕切りは、名義上、毛利家ですが、
仕掛け人は、石田三成ですよね。

 

石田三成では、西軍率いるほどの名声・地位がないので、
ここは、名義上だけでも、「毛利さん、よろしくお願いします」みたいな。

 

歴史小説、漫画などを読むと、
この石田三成、
まぁ、悪者。

横山光輝先生 徳川家康 五奉行の一人、石田三成 

 

あまり良い印象がないですよね。

 

実は、ボクも、10年ぐらいまでは
石田三成は、悪者
徳川家康は、正義

 

みたいな、印象でした。

 

ただ、多少大人になって、
冷静に考えると、
一官僚、一当主(佐和山城主 14~19万石ぐらい)の石田三成が、
時の権勢、100~200万石のチカラがあった徳川家康に喧嘩を売る。

 

すんげぇな!と
まぁ、かっこいいですよね!
ボクはできません。

 

目を逸らします。
迎合します。
右と言われれば、右と言います。たとえ左でも。

石田三成像

石田三成像といえば、

冷たい、合理主義、嫌な奴、性格悪い、人から嫌われている、
なので友達少ない。

LINEとか絶対既読スルー。
飲み会とかでも、酒、あまり飲まず、喋らず、途中で帰る。
割り勘じゃなくて、自分の費用だけ払う。

 

多少言い過ぎましたが、
そんな印象があります。

 

ただ、改めて時代小説などを読んだりすると、

 

佐和山の住人たちには、かなり好かれていて、
信頼抜群、公正明瞭、
そして、後に、佐和山城を占領した東軍は、
石田三成、贅沢な暮らししてるんだろう、と意気揚々と
城内を荒らしまわったら、蓄えなどほとんどなく、
質素堅実で生きた人みたいです。

 

配下に、島左近という名将がいましたが、
この人を召しかかえるために、自分の知行を半分あげちゃうぐらいです。

 

ボクの勝手な人物像ですが、
ちょー真面目な合理主義。

 

冗談言っても、間に受けちゃう

 

島左近をこれだけして雇ったのも、
自分の弱点を知っていて、
「オレ、内政は得意だけど、戦いむいてねぇな」的な
現に過去の戦いであまり結果だしてないですからね。

 

弱点を補うためにも、
一軍の将を率いれる人物が欲しい、
そして、島左近ですよね。

 

島左近は、
「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」と言われたぐらいの人物です。

 

関ヶ原の戦いでは、三成の予想通り、いやそれ以上に、
島左近、いい戦いします。
そして、予想以上に石田三成本人も!

 

それでも印象があまり良くない石田三成ですが、
なんでこんな印象になっちゃったんだろう?と考えてみました。

 

日本を二つにわけた関ヶ原という大戦さの仕掛け人ですからね。
そもそも、嫌われ者に、そんなことできるわきゃない!

 

と思うんです。

秀吉のお目が叶った「三献茶」

石田三成といえば、秀吉のお目が叶った「三献茶」の話が有名ですよね。
最初、ぬるい茶だして~
からの。

 

 

ただ、これがキッカケで採用されたので、
加藤清正や周り連中からは、
「あいつ、ちょっと気使えるかもしれないけど、武力なくね?」
「口だけじゃね?」
と、

 

横山光輝先生 徳川家康 加藤清正 まぁ、仲が悪いっっっっw

 

秀吉も、
身内少ないんで、仲良くやってもらいたいと、色々考えるんですね。
そこで、三成に戦の機会を与えるんですが、、、、

 

なかなか。。。。
結果だせず、、、

かの有名な「忍城」攻めでは
やらかしますっっっっw

 

そんなのもあって、秀吉亡き後は、
派閥で揉めるワケですよね。

 

この派閥と、徳川家康という巨大勢力がまざり、、、
駆け引きがあり、

 

関ヶ原の戦いとずるずる行っちゃうんですね。

関ヶ原の戦いまでの思惑

家康にとっては、
年齢もあり、なんとか自分の代で足固めしたい!
キッカケ欲しい!

横山光輝先生 徳川家康 徳川家康

 

三成にとっては、
家康と他勢力、御法度破るは、好き勝手やりすぎじゃね!
このまま行ったら、豊臣ルール、軽くみられんじゃん!

横山光輝先生 徳川家康 石田三成

 

と、

 

三成って、正義感バリバリの融通効かないけど、
たぶん、

 

「あいつと呑んでも全然面白くないけど、信用できるよね」
「不器用だけど、ウソつかないよね」

 

的なわかってくれる人、いたんだと思うんですね。
ただ、家康の策略に乗せられた感はめっちゃありますっっw

 

家康もわかってたんだろうな。
「あいつ、煽ったら絶対に乗ってくるって」て。

 

案の定、
家康が上杉攻めの際に、挙兵しますよね。
そこから戦いが始まります。

 

徳川家康も一世一代の勝負!
石田三成も、正義は勝つ!と。

 

まぁ、でも、
NHK大河、真田丸では数分で終わった関ヶ原の戦い。
実際は一日で決着(いや、半日か?!)

 

これには、抜群の活躍した真田昌幸も、
この戦をきっかけに独自勢力を築こうと企んだ黒田官兵衛も、

 

「えっ???? ( ゜Д゜;)!?」

 

て、なったでしょうね。
なんせ、東西合わせて20万の大軍が戦うワケですから、

 

初戦は、当たり探りの、
局地戦になりーーーの、
陣形さぐりーーーの、

せめて、早くても半年、一年の戦い。

 

その内、裏切ったり寝返りで、
また戦国の世に。

 

と誰もが考えてたと思います。

 

ただ、自家だけの戦いじゃないですからね。
連合軍同士ですから、結束力がものを言ったんですかね。

 

あまり乗る気じゃないヤツからすると、

 

「情勢悪いじゃん、オレら一旦地元もどる???」
「あんま、自分の兵減らしたくないんだよな~」
「どっち勝つかわからんし、状況見て動くか」

 

なんて。
結局は西軍が負けて、散り散りになりますが、
石田三成もこの戦いで亡くなりますよね。

最後に

ただ、冒頭でも述べましたが、

巨大勢力、徳川家康にケンカ売る、
石田三成、ちょーー絶、かっこいいですよね!

 

後に、徳川の世になるわけですから、
やはり時の権力者に逆らった三成は、悪者として情報が流されたんだなーーと思います。

 

豊臣を滅ぼした徳川家からすれば、

「三成、真面目でいいヤツだったよ」

なんて言えませんからね。

 

今の世に三成が生まれたら
どんな人になっていたのか???
気になりますね~