歴史は語る、時代は語る・エンジョイ!小説

長曾我部元親を司馬遼太郎先生「夏草の賦」でアツく語ってみる(その1)

 

今回は、長曾我部元親(長宗我部元親)について書いてみようと思います。
司馬遼太郎先生の歴史小説「夏草の賦」は面白いですよ~

ちなみに小説のタイトルが気になり、ググってみると

 


■夏草
夏に生い茂る草。「夏草や兵 (つはもの) どもが夢の跡 芭蕉」


■賦
金品や労力を割り当ててとり立てる。みつぎもの。ぶやく。
わりあてて与える。「賦与・賦物」
天から与えられたもの。うまれつき。「賦性・賦稟(ふひん)・天賦」


 

長曾我部がいた土佐国とは

土佐という本州から離れた地で四苦八苦しながら、一国をまとめ上げる為に奮闘する長曾我部元親。後に豊臣という時代の波に押し流されていきますが、夏草の賦というタイトルに生き様や、己の限界など、長曾我部元親の人生の意味が含まれている様な気がします。

 

そもそも、当時の土佐ってどう思われていたのか?
現代と違って、

 

飛行機で
新幹線で
車で

 

なんて、すぐに行ける時代ではないですからね。
距離感覚が全く違うわけです。
それこそ、村から一歩も出ないで人生を終えるのが普通の時代です。
本州の人からすると、土佐って遥か遠くの国。
当時は、

 

鬼国

 

と呼ばれていたみたいです。
その名の通り、鬼の棲む国ですね。

 

元々は、罰を受けた人が流刑先に土佐に飛ばされたりと、そういった国だったみたいで、本州の人からみるとあまりいいイメージがないっっっw
そんな土佐国の中でも一豪族程度の長曾我部元親が、
織田信長配下、

 

斎藤内蔵助
「妹、嫁に来れない?」

 

と使者を出します。仲介役は、明智光秀
土佐から見ても、本州は遠い異国の地。

 

なんでわざわざ織田家に???

 

織田家も年々勢力を拡大してますが、まだまだ大国には遠い存在。
そして、長曾我部家も、織田家より小さく、土佐の一勢力。
ボクからすると、本州なんて後々で、まずは土佐豪族を斬り従えるのが先。と考えるのですが。さすがは土佐の英雄、

 

遠交近攻

 

で将来、織田信長は天下人になると先を読んでいち早く外交の手を伸ばすんですね。
ある本州から来た商人がキッカケで、明智光秀仲介の斎藤内蔵助にたどり着きます。
これで無事に斎藤内蔵助の妹を嫁にして、織田家との親密な関係を構築します。

 

姫若子の長曾我部元親

土佐国の長曾我部元親ですが、父 国親が亡くなり若干22才で家を継ぎました。
若い頃の元親は、馬や槍、刀など、鍛えることもなく、家に籠もりがちな人物だったみたいです。

 

当時の家臣からしてみれば、不安ですよねっっっw

 

この激動の時代に、戦いもできない、知らない、興味がない?元親が家を継ぐっっっw
その為か、家臣からは陰で

 

姫若子

 

と呼ばれていたみたいです。
このあだ名で、家臣の絶望感がなんとなく伝わってくる様な・・・涙
敵からしてみたら、国親が亡くなり、姫若子の元親が継いだとあれば、絶好のチャンス!

 

「元親が継いだの???」
「激アツチャーーーんす!!!」
「ほぼ確!!!!」

 

ぐらいだったのではないでしょうか 笑

長浜合戦、元親の初陣

と、本山茂辰率いる本山家(当時、土佐国の最大勢力)が早速攻めて来ます。
長宗我部家からしてみれば、国親が亡くなり、色々やることもあり、しかも元親っっw

 

家臣も心服していなく、疑いの目。。。
こんな時にっっっっっw

 

ですよね。
戦いの知らない元親ですから、家臣もどうするのか???と思っているうちに、元親からの最初の言葉は、

 

「槍ってどう使うの?」

 

この言葉に家臣「えっっっっ???:(;゙゚’ω゚’):」

 

もう、絶句です、空前絶後の絶句ですっっっw

 

そして次の言葉は、
元親「大将って先頭で戦った方がいいの?それとも後ろにいた方がいいの?」
家臣「いやいや、大将は先にいかず、そして逃げないものですっっっw」
元親「そうなの、槍は突き刺す、そして大将は逃げない」
元親「了解」

元親「この二つさえわかれば天下取れるわーーー」
家臣「えっっっっ???:(;゙゚’ω゚’):」

 

家臣からしてみれば、度胸が据わっているのか?天才なのか?アホなのか???
もうわかりませんっっっっw
会話の次元についていけないっっっっw

 

そうこうしている内に、本山軍勢が攻めて来ます。
これが長曾我部元親のデビュー戦、世に言う

 

長浜合戦

 

です。
相手は2千の軍勢。
そして、当時の長宗我部家の動員能力は5百程度(少なっ!!!)
しかも、野外で対陣して、まともに戦おうとします。

 

敵、約4倍ですからね。

 

まともに戦ってはっっっっw
ゲリラ戦か、籠城策ならまだしも。。。

ここでも家臣からしてみれば、

 

「さすが姫若子、戦しらないわーーーー 涙」
「これ、負けたよね、、、敵4倍で野戦ってっっっw」

 

案の定、押しに押されて、壊滅寸前になるのですが、
元親、さっき家臣から「槍は突き刺して、大将は逃げないもの」と言われたもんですから、味方が押されている中でも、敵を突き刺しながら、前へ前へ、一人踏み出していきます。これには周りの家臣・配下も、

 

「やべぇ、大将、死なせるわけにはっっっw」

 

となり、必死で戦いだし、壊滅寸前だった状況を挽回します。
そして、ついに本山勢が壊乱して、退却。これを更に追撃して、敵の出城も占領するんですね~
これには家臣も、

 

「やべぇ、元親、天才じゃね?」
「土佐、取れるんじゃね???」

 

となり、この戦いがキッカケで家臣の信頼をガッチリ勝ち取ります。
この頃の土佐の勢力図は、

 

中央部 長曾我部勢
北部山岳地帯 本山勢
西部山岳地帯 一条勢
東部 安芸勢

 

と四つの勢力にわかれていたみたいです。
特に長曾我部としては、本山勢とは三代、十二年間戦い続けている宿敵であり、土佐最大の勢力。

 

半農半士の一領具足

元親、ここで一代決心をします。
本山勢と決戦をして、土佐統一!

 

という。
亡き父 国親からも言われています。
「わしが死ねば初七日は供養せよ、しかし八日目には甲冑を着て戦い、本山勢を討て」と。

 

最初はまともに戦おうとしますが、本山家の場所が険峻な位置にもあり、力攻めは無理と思った元親は、ここで権謀剣術力を発揮していきます。

 

結局、内通させ、噂をばら撒き、結束を弱めたところを攻めるんですが、ここは司馬遼太郎先生の小説で読んでみてください。非常に面白いですよ♪

 

この戦いで、本山勢を滅ぼし、家臣に加え、吸収します。
後は、三勢力。
次に狙うは、

 

安芸国虎率いる安芸勢

 

です。国虎という名前から分かると思いますが、戦ずきの豪傑!
元親のあだ名、姫若子ってこと知ってますから、完全に長宗我部をナメてます。

 

国虎「勢力伸ばしてるかもしれないけど、所詮、計略好きの女みたいなヤツっしょ?」

 

みたいな。。。
元親も、ここら辺で色々考えます。

 

「土佐でバッタバッタ戦って、ここから更に、天下目指す・・・」
「兵力、足りないよね」

 

この兵力不足を常に感じていた元親ですが、ここで、

 

一領具足

 

という制度を考えます。
簡単にいうと、半農半士。まぁ、農民やりながら、戦うときは兵士として参加する。ということで、純粋な兵士だけではなく、農民からも取り立てたんですね。

 

ウィキペディア参考
一領具足は、平時には田畑を耕し、農民として生活をしているが、領主からの動員がかかると、一領(ひとそろい)の具足(武器、鎧)を携えて、直ちに召集に応じることを期待されていた。突然の召集に素早く応じられるように、農作業をしている時も、常に槍と鎧を田畑の傍らに置いていたため、一領具足と呼称された。また正規の武士であれば予備を含めて二領の具足を持っているが、半農半兵の彼らは予備が無く一領しか具足を持っていないので、こう呼ばれていたとも言う。

 

これで一気に兵力増加。約七千の軍勢で安芸国虎勢と戦います。
結局、安芸勢、長宗我部に負け、最後城に立て籠もるんですが、ここが中々落ちないっっw

 

元親、焦りますっっっw
ここで手こずっているわけには・・・
これを手早く落とすために、毒を使うんですね。

 

城内の井戸に毒を入れて、噂をばら撒き、士気を落として、攻め込みます。
国虎も、これでは、、、ということもあり、自分の首と引き換えに降伏を申し出ます。

 

これで、残る勢力は、一条勢のみに。
ただ、この一条家は、

 

土佐の国司

 

国から崇拝されるような家柄なんですね。
ここに戦を向けること自体が、罰当たりな存在です。

 

そして、一条家は、父 国親が子どもの頃、長宗我部は国を他国に奪われており、国親を養護して育てていた家です。さらに、一条家の取りなしで、長宗我部は国を取り戻すことができ今に至った、いわば命の恩人。

 

普通は攻めませんよね。
ふつーーーーは。

 

元親、どうするのか?
スルーして、別の国、攻めるのか???
次回、続き書いてみようと思います。

 

長曾我部元親を司馬遼太郎先生「夏草の賦」でアツく語ってみる(その2)